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イニエスタはあの「ラ・マンチャ」の男だった [ヨーロッパ・サッカー]

2010年10月15日夜 遅い夕食を食べながらTVを見ていたら、イニエスタの生まれ故郷の映像が流れていた。 イニエスタがスペイン出身でバルサのカンテラ育ちとはしっていたが、イニエスタの生まれ故郷がどこだかまでは関心がなかった。

イニエスタはスペイン、カスティーリヤ地方、風車で有名なあのラ・マンチャで生まれたのだ。 時折イニエスタのお父さんというのが出てきたが、血色よく、少しふっくらして、頭はイニエスタよりも光っていました。

カスティーリヤといば、スペイン首都のマドリードより南、トレドがある地方。 トレド行きました。 2008年3月UEFAチャンピオンズ・リーグでバルサ対セルティックの試合を見に行った後、観光して来たところ。

ラ・マンチャはブドウ畑と、スペインを代表する赤い土が広がる場所。 トレドが昔の王宮があったところだから、地元の人々はインタビューに答えて、「ここらは皆レアル・マドリーを応援しているが、イニエスタがバルサで活躍する様になってからは、皆バルサを応援しているよ・・・」というぐあい。

イニエスタのお父さんはニコニコしているし、ラ・マンチャのお肉屋さん(ヨーロッパの肉屋は規模が大きく、立派な店が多い)は、イニエスタが子供の頃、お母さんと一緒によく肉(羊や牛の)を買いに着たと嬉しそうにインタビューに答えていた。

トレドという昔の首都があって、ラ・マンチャはセルバンテスの「ドン・キ・フォーテ」という有名な戯曲の舞台があって、カスティーリャということであれば、あのイニエスタの色の白さは何となく理解。 スペインの赫々たる歴史があります。

今回の2010FIFAWC大会でスペインがやっと一つになれた(バルサのあるカタルーニャ、デルボスケ監督のレアル・マドリー)、しかも優勝決定戦はイニエスタのゴールから生まれた・・・ということ。 そうなると、もしかしたら2018年のワールド・カップ大会開催地は、前評判の高いイギリスよりもスペイン・ボルトガルになる可能性が大きい。 クリスティアーノ・ロナルドもサッカーに貢献大だし。


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