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「大英帝国のベスト・プレイヤーの一人であるナカを手放すとでも?」 [サッカー]

2007年もあと少し。 ヨーロッパのサッカー・クラブでは1月の移籍時期を迎え、中村俊輔選手の所属するセルティックでもディフェンダーの強化を目指し、セビージャからドイツ代表の右SBヒンケル選手の完全移籍が完了し、2008年1月2日のグラスゴー・ダービー、レンジャーズをホームに迎える、07/08季のSPLのリーグ優勝に非常に影響がある大一番に出場すると出ていた。 中村俊輔選手が来春チームに復帰したら、どのような連系プレイが見れるか楽しみ。 とは言っても、ヒンケル選手はUEFAチャンピオンズ・リーグの決勝トーナメントにはセルティックの選手としては登録できないようだが。

今年の2月に中村俊輔選手が横浜マリノスに戻ってくるのではないかというフライング記事をスポーツ報知が出して以来、ここにきてまた横浜マリノスに復帰するという話が、日本のメディアに出ているが、早速29日の地元のメディアで、セルティックのローウェルCEOが、中村俊輔選手を放出するつもりはないこと、少なくとも、契約にあるオプションの1年延長は行使するつもりであると、表明していた。 ストラカン監督も絶対ないと否定。 質問を記者から受けたストラカン監督は、「私が、大英帝国にいるベスト・プレイヤーの一人を手放すと思うのか?」と逆ネジを喰らわせていた。

12月28日の未明、午前2時からTV番組[Naka's Ambition II]で中村俊輔選手のインタビューがあったが、そこでも、「いまだ興味のあるのはスペイン・リーグである。。。が、まあJリーグでもいいけど。。。」見たいなコメントをしていた。 またサッカー選手のピークが32歳頃であるが、中村俊輔選手は「自分は他の人と比べて成長が少し遅い。 例えば、男子は中学生頃が身長がグーンとのびる時期だが、自分は高校生になってから身長が凄く伸びたから。 技の引き出しを増やし、ある程度年齢が上になっても、走力などは確かに少し衰えるかもしれないが、経験やテクニックでその分を補って、サッカー選手として活躍したい。 セルティックの元キャプテン、ニール・レノン選手は36歳の昨季までセルティクでリーダーシップを発揮していたし、試合中ミス・パスは1回ぐらいしかしなかった。。。」と述べているので、当然35,6歳でも現役選手でいると思われる。

さて、中村俊輔選手がトレーニングを再開しているとニュースが出ているが、12月26日に地元のメディアDaily Recordに出ていた記事を要約して紹介する。

「ナカは早期の復帰を望んでいる。 勿論2008年1月2日の名物のオールド・ファーム(グラスゴー・ダービー)の試合には出場することはほとんど不可能。 エイデン・マクギディもファウルの累積で、セルティックは試合で創造性を発揮できる中村が是が非でも必要とはしているが。 セルティックの今季のチャンピオンズ・リーグでの試合でも彼のセットプレーからのゴールやそのクリエイティビティを見ることは出来なかった。

ナカはクラブと国代表-日本代表で73試合、のために、この2年間実質休みらしい休みなしで試合に出場してきた。 今、彼はSPLとチャンピオンズ・リーグの試合に戻ってこようとしている。 今季だけではない。 契約はこの5月で切れるが、さらに1年延長のオプションがあるし、以前ブラジル・サッカーやスペイン・リーグに興味を持っていると話していたナカは、少なくともあと1年はセルティックに喜んで残るようだ。

左膝の故障で、ピッチでは成功しているとは言いがたい今季だが、試合を離れた生活では今まで以上に楽しんでいるようだ。
ナカは言う:「家族が一緒で、ここの生活にも慣れた。 息子は2歳半だが、保育園に通い始めて、英語が俺より上手い。 イタリアの時もそうだけど、言葉と食事が(日本とは)異なるが、グラスゴーでは少なくとも和食レストランがある。」

ナカはスコットランドに来てから2年以上が経つが、未だに英語を喋らないことに、一部批判が出ているが、ジョークで応える。 英語を喋ると、彼の側に影のように付き添い、一番の仲良し兼通訳(金子 誠)を用済みにしなければならなくなる。 誠は毎日、中村に付き添い、ロッカー・ルームにも出入りし、ストラカン監督の指示を伝え、中村がFKの居残り練習をする際にはキーパーの役もする。

誠を通して、ナカは言う:「イタリアではイタリア語の教師が何かと助けてくれたが、ここでは自分ですべてやる。 何にしても、誠の仕事を取り上げるつもりはない。 確かに選手同士で話をし、友情を深めるという意味では問題があるかも知れない。 しかしどちらも大したことではない。 最も重要なことは、サッカーのピッチの上でコミュニケートすることであり、サッカーそれ自体が一つの言葉である。」

それはとりもなおさず、今のところ、ブラジルやリーガ・エスパニュールに行く計画を棚上げにしているから、ポルトガル語やスペイン語も習わないということだろう。 
ナカは言う:「そう。 確かにスペインなどのリーグに行ってプレイすることは考えていた。 しかし今自分は20代後半になったので、状況はより難しくなっている。 20代前半から半ばぐらいなら、行ってプレイすることはもっと簡単だっただろう。 もう29歳だから、そのような移籍は簡単ではない。 何にしても、どうしてもスペインやブラジルに行って、プレイしたくてしょうがないという状況ではないね。」

「セルティックに来た事が意外だったと驚く人のほうがほとんどだった。 勿論、チャンピオンズ・リーグに出場することも大きな魅力だったけど、監督の方針も理由の一つだ。 ストラカンは攻撃重視の考え方をする監督で、以前プレイしていたイタリアで重要視されるのは守備、特にレッジーナのような小さなクラブでは、なお更なんだけど、そんな考え方とは大きな違いがある。 ここは、ビッグ・クラブだし、ここのファンは自分が知る限り一番だね。 だからファンには良いパフォーマンスで応え続ける必要がある。」

ナカは昨季のダンディーU戦でのゴール(SPLのベスト・ゴール賞)やチャンピオンズ・リーグでのマンチェスターU戦でのFK、そしてリーグ優勝を飾ったキルマーノック戦でのFKのどれもが、彼の今までのベスト・ゴールであるとは思っていない。
ナカは言う:「2000年のシドニー・オリンピックで日本代表として試合した時に、UAE戦で同じようなFKを蹴った。 違いは右ではなく左から、壁を越えてゴールした(→原文はUnitedという表現になっているが、米国戦で中村俊輔は得点していないのでUAE戦のことだと)。 それが一番好きだね。 ファン・デ・サールのようなゴールキーパーを打ち負かしたり、キルマーノックのようなFKは、それはそれで大事だけれど、オリンピックの日本代表チームでのあのゴールはベストだ。 FKをセットする時、ゴールすることをいつも狙うけど、毎回毎回それがゴールするわけではないことをファンに分かってもらいたい。」

身長と体重に恵まれているわけではないので、それを補う為の武器であるFKの能力は、練習の積み重ねの賜物。
ナカは言う:「子供のとき小柄だったから、ボールをキープすること、スキルとテクニックを磨くことに一生懸命だった。 今でも、脚が速いわけでも、(フィジカルが)強いわけでもない。 だからボールを持つと、巧く処理すること、そして最大限の可能な結果を出すことに衷心する。」

セルティックのファンは新年の早い時期に復帰できるよう祈っている。 中村俊輔選手が試合に出なくなってから久しい。 ナカにとって活躍の新しい記憶を紡ぎ出す時が来ている。


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Tantan-Jiji

速報: 2008年1月2日セルティク・パークで行われることになっていた、

グラスゴー・ダービー、対レンジャーズ戦は、マザーウェル選手で、

以前セルティックの選手であったオドーネル選手の試合中の突然の死を

悼んで、延期が決定。 

延期での試合日程は未定の模様(というか、どの記事にも書いていないので)
by Tantan-Jiji (2007-12-31 23:43) 

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